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リニアと大鹿村

 

 JR東海が南アルプスを貫通するルートで、リニア新幹線を自己負担で建設すると発表したのが2007年12月、翌春から約半年間、大鹿村の中でも一番南アルプスに近い釜沢集落直下で水平ボーリング調査が行われた。当時から、釜沢地区周辺と、中央構造線沿いの青木地区付近の最低2か所にトンネルの掘削口が設けられることが予想されてはいたが、2013年に公表された環境影響評価準備書では村内になんと4か所、トンネル掘削の斜坑口が設けられるほか、上蔵地区には変電所も設置される計画が示された。

1日1350台の大型車

​残土の行き先は未定

 

 

河川流量が半減
渇水期には川がれも

 4か所から出る膨大な残土運搬の大型ダンプ等の通行により、村内のメインロードや村と隣町とを結ぶ県道に最大で1日1736台もの大型車が通るという説明に、村内は騒然となった。これらの道は狭く曲がりくねって擦れ違い困難な場所が多々ある。村民の大切な生活道路がダンプに奪われて渋滞・通行不能になってしまい、騒音、振動や粉塵で、静かな山里は一変してしまう。

 村は渋滞せずに通れるような道路改良や代替ルートを求め、2015年6月2日、2016年4月27日の住民説明会においてJR東海より県道の改良計画や代替ルートの案、村内に残土仮置き場を設置することにより1日最大1736台を1350台に平準化できること等が示された。

 村内の代替ルートや隣町と結ぶ県道のトンネル新設、拡幅改良工事等々が順次行われ、2021年9月までに当初の改良予定箇所は完了したが、300万立米もの掘削残土の最終的な行き先は3分の1程度しか決まっていない。残土運搬車両の台数は増えているものの、いつからどのくらいの期間ピークの台数になり、いつ終了するのかといった運搬計画も示されていない。(工事開始前に示された工程表は既にかなり遅れている)釜沢の三正坊地区では、当初は農地の一時転用で3年の仮置きとの説明だったが、いつ運び出せるのか不明なまま仮置き期間が延長されている。

 

地形・地質上のリスク

 大鹿村は中央構造線が南北に貫き、断層破砕帯など脆弱な地質が多く、昭和36年の大西山大崩壊をはじめ、大小の土砂災害がよく起こる所だ。また、大鹿村内で唯一リニアがトンネルから出てくる小渋川橋梁や、変電施設、非常口が計画されている場所は、鳶ヶ巣崩壊地の近くであり、落石、崩壊や深層崩壊などの地形地質上のリスクが非常に大きい場所だ。長野県知事意見でも地上構造物は避けるべきとして地中化を求めたが、計画どおり認可された。東海地震、南海トラフ地震の際には、大規模な崩壊の恐れがある。災害時のバイパスどころか、リニア自体が大きな被災を免れないだろう。

 さらに、大量の残土の行き先が決まらない中、何と、この大崩壊地の下部に村の環境対策事業として大規模盛土が計画された!

 

 リニア路線とほぼ並行する小河内沢では、工事により河川流量が半減すると予測されている。しかし、それは平均流量で、渇水期には何と85.5%も減少し、ほとんど川がれ状態となってしまう。予測が示されていない他の河川や水源は一体どうなるのか? 生活・農業用水への懸念はもちろんのこと、工事が行われる場所はエコパークの移行地域だが、すぐ上流は緩衝地域、さらに最上流部は国立公園内の核心地域だ。工事は河川の生態系に不可逆的な変化をもたらす。

​ 静岡では大井川の水が毎秒2トン減ってしまうとの予測に、大井川の水に依拠している下流地域から心配の声が上がり、水を全量戻すことなどをめぐって、静岡県とJR東海の折り合いがつかず、いまだに着工できていない。

​ 静岡で示された資料によれば、南アルプスにおいて地下水位が最大で300mも低下するそうだ。高山植物や山小屋の水場に影響はないのだろうか?

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南アルプスは生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)

「高い山、深い谷が育む生物と文化の多様性」

大鹿村は全域がユネスコエコパークに指定されている。工事予定地付近にはイヌワシやクマタカなどの希少猛禽類が生息する。クマタカ1ペアについては、JR東海の予測でも生息環境が保全されない可能性があるとされている。希少鳥類のミゾゴイやブッポウソウも工事予定地や工事用道路の近傍に生息する。移行地域とは「自然環境と調和した農業や歴史、文化を生かしたエコツーリズムなどが行なわれている地域」だ。

​ また、「日本で最も美しい村・大鹿村」の地域資源、「南アルプス山麓の集落景観」として、「秘かに「日本のチベット」と称される釜沢集落では、山肌を目前に望め、秘境であるが故の静寂と、手付かずの自然景観を楽しむことができます」と書かれている。しかし、今やその釜沢集落下の谷底で大規模工事が行われている。

 

変電所への送電は?

 

この道を大型車が

 大鹿村の景観への影響について、環境影響評価書では大西公園などから変電施設や橋梁が見えないので、景観への影響はないとしていた。しかし、変電施設への送電線については何も触れられていなかった。送電用鉄塔が立ち並ぶことになれば景観は台無しなので、村は送電線の地中化を求めたが、JR東海はトンネル内設置は困難とした。

 2015年6月2日の住民説明会で、JR東海と中部電力より変電施設への送電線の概要が示された。村の地中化要望は故障時の復旧時間、発生土、設備寿命、コストの点から退けられた。景観に配慮して低光沢処理をするとしてフォトモンタージュが示されたが、村の看板ともいえる赤石岳を望む景観が損なわれることは多くの村民にとって受け入れ難い。15万4000Vの高圧送電線のため電磁波も心配される。

 そして送電鉄塔の建つ位置が具体的に決まってみると、樹齢何百年かのブナの大木2本も伐採予定木とされていた。保護を求める声に、ブナそのものの伐採は回避されたものの、周囲は広範に伐採された。

 

長野県に現存する最古の木造建築物として国の重要文化財に指定されている福徳寺。江戸時代には老中水野忠邦が浜松に移築しようとして譲渡を求めたが、住民の反対で保存されてきたもの。ここは地域の「楽姓クラブ」の人たちが雑穀やお花を作り、秋には収穫祭が行われる集いの場だ。集落のど真ん中を通るこの狭い道も、多少の拡幅工事が行われたものの工事用道路として使われ、資材運搬などの大型車や工事関係車両がたくさん通り続けた。

 当初の計画では上蔵と釜沢を結ぶリニアトンネル先進坑が2018年秋にはつながり、そこを工事用道路として利用することによって集落を回避する計画だったが、先進坑の掘削が始まったのが2019年8月。蛇紋岩に当たったり、ヒ素が出たり、脆弱な地質のため、掘削は難航し、2021年12月にようやく貫通。2022年1月より工事車両は先進坑内を通行するようになった。

 また福徳寺とイチョウの木の保護のため、この部分は迂回する形に県道が付け替えられ、福徳寺周辺は公園化された。

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